2006年05月05日
子育てサークルの行方

玉川町親子読書サークルの文集「つぶやき」を届けてもらった。「つぶやき」文集は今年で第18号を迎える。1年に1冊なので、実質18年間続いたことになる。子どもたちの日々のなにげないつぶやきと親たちの子育てエッセイ、お気に入り絵本の紹介や1年間の活動の記録等がつまった手づくりの文集である。
私の子育ても、この地元のサークルとともにあったといっても言いすぎではないくらいだ。地元の子育て学級の母たちが、幼稚園や保育所に上がる前の子どもたちを連れて集れるところがほしいと結成。私も仲間に入れてもらった。
以来山あり谷ありで、それでも親子で育ってここまできた。若い母たちが元気よく活動してくれるので、私もすっかり遠のき、1年に1回この文集を届けてもらう程度のかかわりになっていた。
ここにきて、部長さんから相談の電話があった。主力メンバーの子が訪ねてきた。
親子教室などができたせいで、そちらへ小さい子どもを連れた母たちが流れてしまい、会員が激減してしまったというのだ。それにこの「親子読書」という名前が、皆さんひくらしい(~_~;)
文集を作る編集作業もめんどう。自分たちが企画して遊ぶより、親子教室で誰かに指導してもらって遊ぶ方が楽で子どものためになる。子育てのお話なんてめんどうくさくて聞く気がしない・・・などなど・・・。
とにかく、めんどうなことはしたくないらしい。そして誰かに教えてもらったり指導してもらうことが子どもの役にたつと考えているらしい。またそれを断る理由としてはっきりと言うのだそうだ。
視点を変えれば、親子教室や児童館など(市町村合併でどこの児童館に行ってもよくなったそう)、親子の行き先が増えたと思えば、それはそれで喜ばしいことだとも思う。
しかし、子どもたちの「つぶやき」などは、書き留めておかないと忘れてしまうし、子どもたちが大きくなったときに、懐かしく思うのと同時に愛されて育ったという事実にとてつもない安心感を得るのだ。
親子で、皆で自発的に動くことは、いろいろ数多くの人間関係ができること。指導者対自分たち親子の関係は1本の線でしかつながることができない。
ある時には、Aさんが教え、またあるときにはBさんに習う。親も子どももそうして成長してきた。まさに「めだかの学校」状態だ。
自分たちがしてきたことだけをよしとし、今どきの人たちの傾向を嘆くというのも馬鹿げているが、「楽」にのっかり「おいしいことどり」だけを探して歩いても、あとに何が残るのだろうか?
人数の多い少ないは問題でないから続けてほしいということと、私から以前のメンバーたちへのサポートを頼んでみること。サークルの名前は、遠慮しなくても今に合ったものに変えてもOKなどなど伝えた。
「めんどうくささを生きる手応えにする」とは、私たちのサークルをあたたかく見守ってくださっているM先生の言葉だが、めんどうでも多くの人とかかわり、共感や認め合う、そんな中にこそ「生きる力を育てる」素材が、わんさか詰まっている気がするのは、もう若くない母の思うことでしょうか?
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投稿者 moritomo : 2006年05月05日 11:29
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